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東京地方裁判所 平成7年(ワ)5515号 判決

原告

髙木京子

被告

下山田弘明

ほか一名

主文

一  被告下山田弘明は、原告に対し、金三五二万二〇六五円、被告下山田玲子は、原告に対し、金三八二万二〇六五円並びにこれらに対する平成三年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告下山田弘明は、原告に対し、被告下山田玲子と連帯して五一三万一四七四円(五六七万一四七四円の内金請求)、被告下山田玲子は、原告に対し、五六七万一四七四円並びにこれらに対する平成三年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、足踏み式自転車に乗車中、信号機により交通整理の行われていない交差点内で交通事故に遭つて負傷した女性が、加害車両の所有者及び運転者に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

原告(昭和二九年四月三日生、当時三六歳。甲一)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)に遭い、頭蓋骨骨折、頸椎捻挫、視野狭窄等の傷害を受けた。

事故の日時 平成三年三月一八日午後三時三〇分ころ

事故の場所 東京都世田谷区等々力二丁目一五番先交差点(別紙現場見取図参照。以下、同交差点を「本件交差点」といい、同図面を「別紙図面」という。)

加害者 被告下山田玲子(以下「被告玲子」という。)

加害車両 品川三三ほ八〇一三

被害者 原告

事故の態様 被告玲子が加害車両を運転し、本件交差点を直進中、原告運転の足踏み式自転車の右後部に衝突し、転倒させた。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

2  責任原因

被告弘明は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、被告玲子は、交差点内に進入するに際し、左右の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づき、いずれも原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  原告の治療経過

原告は、本件事故により、次のとおり治療を受けた。

(一) 小倉病院

平成三年三月一八日から同月二九日まで入院(一二日)

平成三年四月一日から平成四年三月二四日まで通院(実日数一二〇日)

(二) 昭和大学病院(甲五、乙八の2、一一の1、2、原告本人、弁論の全趣旨)

平成三年六月二五日から平成四年四月三〇日まで通院(実日数二〇日)

平成四年五月八日から同年七月八日まで通院(実日数五日)

(三) 旗の台脳神経外科病院

平成三年四月一日通院(一日)

(四) 等々力眼科医院

平成四年三月二八日から平成五年五月二一日まで通院(実日数五七日)

平成六年八月二三日通院(一日)

4  損害の一部填補

原告は、治療費として、一八四万八六九〇円の填補を受けた。

三  本件の争点

本件の争点は、原告の損害額及び過失相殺であり、損害額のうち、とりわけ後遺障害の有無及び程度が逸失利益との関係で争いがある。

1  損害額

(一) 原告の主張

原告は、本件において、次の(1)ないし(9)の損害合計八三五万五七三八円に原告の過失割合一割を減じた金額から、前記填補額一八四万八六九〇円を差し引いた五六七万一四七四円を請求する。

(1) 治療費 一八四万八六九〇円

(2) 検査・診断書料 一万三六八〇円

(3) 入院雑費(一日一二〇〇円の一二日分) 一万四四〇〇円

(4) 通院交通費 八万七一〇〇円

原告は、昭和大学病院への通院のため、タクシーを利用した。

(5) 休業損害 一四七万九九九九円

原告は、兼業主婦であり、平成三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・新中卒・三五歳ないし三九歳の年収額二四八万九四〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故により二一七日間休業したから、その間の休業損害は、右金額となる。

(6) 逸失利益 六一万一八六九円

原告は、本件事故により自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一三級二号、一四級一〇号に該当する後遺障害を受け、今後三年間にわたり九パーセントの労働能力を喪失したから、基礎収入を右(5)の金額としてその間の原告の逸失利益は、右金額となる。

(7) 慰謝料 三二〇万〇〇〇〇円

本件事故による原告の慰謝料は、傷害慰謝料として一七〇万円、後遺症慰謝料として一五〇万円が相当である。

(8) 物損 六〇万〇〇〇〇円

原告は、本件事故により当時身につけていたダイヤモンド付プラチナチエーンネツクレスを失つた。その時価相当額は、右金額となる。

(9) 弁護士費用 五〇万〇〇〇〇円

(二) 被告らの主張

原告の損害額のうち、治療費については認めるが、その余は争う。

原告の右眼の視野狭窄、比較暗点、嗅覚障害等は、いずれも後遺障害には該当しない。

2  過失相殺(本件事故の態様)

(一) 被告らの主張

本件事故は、原告が一方通行路を反対方向から進行し、交差点の手前で一時停止せず、交差道路の安全を確認しないまま、時速一〇キロメールを超える速度で本件交差点に進入したため生じたものであるから、原告の損害額を算定するに当たつては、原告の右過失を斟酌すべきであり、原告には、四〇パーセントの過失がある。

(二) 原告の主張

原告は、本件交差点に進入するに際し、一時停止をしたうえ、ゆつくりとした速度で進行したものであり、本件交差点内には、加害車両より先に進入したものである。

第三争点に対する判断

一  原告の治療経過及び後遺障害について

(一)  前記争いのない事実に甲二の1、2、三の1、2、四の2、乙四、六、七の1、2、八の1、2、九の1、2、一〇の1、2、一一の1、 2、証人髙木正幸、原告本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故のため頭部外傷、頭蓋骨骨折、頸椎捻挫、全身打撲の傷病名により当初全治一か月の見込みと診断され、平成三年三月一八日から同月二九日まで一二日間小倉病院脳神経外科に入院した後、同年四月一日から平成四年三月二四日まで一二〇回同病院に通院し、頭痛、肩こり、嗅覚脱失、視力低下の自覚症状を訴えたが、頭部エックス線写真で左後頭骨の線状骨折を認めたものの、神経学的検査、CT、脳波検査(EEG)では著変を認めず、同日症状固定となつた。

能谷正雄医師は、後遺障害診断書には、他に特に記載はしなかつた。

(2) 原告は、嗅上皮性嗅覚障害により平成三年六月二五日から平成四年四月三〇日まで二〇回昭和大学病院耳鼻咽喉科に通院したところ、アリナミンテスト陽性で反応があり、基準嗅覚検査では軽度ないし中等度の嗅覚障害がみられたが、保存的点鼻、内服等の治療を受けて軽快し、数種または日によつて軽度の嗅覚減退がある程度で安定化し、平成四年五月一二日症状固定となつた。

金子達医師によれば、症状固定時かなりよくなつたが、本人の自覚上は軽度の嗅覚障害が残る可能性もあり、はつきりしないとの意見である。

(3) 原告は、本件事故以来、ときどき見にくくなり、疲れやすいという主訴で平成四年三月二八日等々力眼科医院を受診し、近視、眼性疲労、視野狭窄、の診断を受け、サンコバの点眼薬とメチコパールの内服で経過観察を行いながら、同医院に平成五年五月二一日まで五七回通院し、さらに平成六年八月二三日検査のため受診したところ、比較暗点の診断がなされた。

〈1〉 初診時の検査結果は、視力が右眼は裸眼〇・九、矯正視力一・〇、左眼は裸眼一・〇、矯正視力一・二であり、前眼部及び中間透光体、眼底とも異常はなく、視野は左右差があり、右眼に視野狭窄が認められた。

〈2〉 平成五年五月二一日、〈3〉平成六年八月二三日の各検査結果は、視力が右眼は裸眼〇・九、矯正視力一・〇、左眼は裸眼〇・九、矯正視力一・二(平成六年八月二三日は、一・〇)であり、前眼部及び中間透光体、眼底とも異常はなく、視野は初診時と変化がなかつた。

原告は、平成五年五月二一日症状固定となつたが、その後、平成六年八月二三日再度受診したことにより、同日再び症状固定となつた。

原告の右眼の(動的)視野は、八方向の角度の和が三七六度(上方四〇度、上外四〇度、外五八度、外下五〇度、下四八度、下内五〇度、内五〇度、内上四〇度)であり、日本人の平均値である五六〇度の六七・一パーセントであつた。

原告の右眼には、感度の異常があり、動的視野検査では対象物が見える範囲内においても、静的視野検査では右眼外側に見えない部分が認められた。

三原美智子医師は、眼科では視野狭窄、暗点については、いずれも数値で症状の分け方をしておらず、視野狭窄については、日常生活に障るほどではないが、頭部の打撲を受けているので、後日視神経萎縮の症状が起こらないとはいえない、また、視野の角度の合計が六〇パーセントの場合と六七パーセント台の場合とで、後遺障害の程度にどの程度の違いがあるかはわからないとの意見である。

(4) 原告は、本件事故当時、三六歳の健康な女性であつたが、本件事故後は肩がこり、目が疲れやすく、ふきんがしぼれず、頭痛がするほか、背中がはることがあり、右の少し前がわかりづらく、あわてているとドアにぶつかることがあるが、これらは事故前にはなかつたものであり、現在もガスの臭いがわからず、火をつけてもついていないことがたびたびあり(夫正幸が何度か目撃している。)、その点が仕事柄困つていると述べる。なお、原告は、三原美智子医師からは、暗点については継続して検査をしてみる必要があり、また、肩がこつたりするのは、目から疲れも来ていると言われている。

(二)  右の事実をもとに、原告の後遺障害について検討する。

まず、視野障害の有無については、原告の視野の角度の合計は、正常視野の合計の六〇パーセント以上あることから、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下、本項においては、特に記載をしなくとも、同等級表の等級を指す。)一三級二号の「視野狭窄」に該当せず、暗点についても比較暗点にとどまるから「視野変状」には該当しない。また、感度の異常についても、原告の症状は、それだけで視力、視野、調節機能等に障害をもたらすものとはいえないから、後遺障害としては扱えないというべきである(この点は、慰謝料で斟酌することとする。)。

次に、神経症状については、原告は、本件事故以前には、頭痛、肩こり等の症状を感じたことはなかつたというが、原告には、神経学的検査、CT、脳波検査上の所見は認められず、他に神経系統の障害を認めるに足りる証拠はないというべきであるから(なお、原告が訴える肩こり等の相当部分は、目から来ているものと推認される。)、一四級一〇号には該当しない。

他方、嗅覚障害については、鼻の欠損を伴わないが、原告には、基準嗅覚検査により軽度の嗅覚減退が認められ、自覚症状としても、日常的にガスの臭いがわからないことからすると、一四級に相当する後遺障害が残存するというべきであり、原告の右嗅覚障害が嗅上皮性のものであることに照らすと少なくとも、今後三年間は、右障害が継続するものと推認できる。

二  損害額について

(一)  治療費 一八四万八六九〇円

当事者間に争いがない。

(二)  検査・診断書料 八六八〇円

甲六の2、3、原告本人により認められる(甲六の1については、本件との関連性が明らかでなく、他にこれを認めるに足りる証拠がない。)。

(三)  入院雑費 一万四四〇〇円

入院雑費は、一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であり、原告が小倉病院に一二日間入院したことは、当事者間に争いがないから、一二日間で右金額となる。

(四)  通院交通費 五万〇〇〇〇円

甲五、乙八の2、一一の1、2、原告本人、弁論の全趣旨によれば、原告が昭和大学病院へ二五回通院したことが認められるものの、原告が支出したタクシー代を認めるに足りる的確な証拠はないが、前示の原告症状に照らすと、原告のタクシーによる通院の必要性が認められ、その金額については、弁論の全趣旨により右の範囲で認める。

(五)  休業損害 一四五万二七一八円

前記争いのない事実に、甲五、乙八の2、一〇の2、一一の1、2、原告本人、弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故当時、夫と経営する串焼屋で調理業務に従事するかたわら、兼業主婦をしていたものであり、本件事故により事故日の平成三年三月一八日から症状固定日(等々力病院)の平成五年五月二一日まで、入通院のため二一三日間(平成三年七月二四日と同年八月二一日の二日分については、小倉病院と昭和大学病院の通院日が重複しており、のべ日数から二を引く)休業したことが認められ、原告の本件事故当時の収入については的確な証拠がないが、右のとおり、原告が兼業主婦をしていたことに鑑みると、少なくとも平成三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・新中卒・三五歳ないし三九歳の年収額二四八万九四〇〇円の収入を得ていたものと推認できるから、その間の休業損害は、次式のとおり、一四五万二七一八円となる。

2,489,400円÷365日×213日=1,452,718円(一円未満切捨て)

(六)  逸失利益 三三万八九五六円

前示認定のとおり、原告は、本件事故に遭わなければ、少なくとも平成三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・新中卒・三五歳ないし三九歳の年収額二四八万九四〇〇円の収入を得ていたものと推認されるところ、本件事故により自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級に相当する嗅覚減退の後遺障害を受け、今後三年間にわたり、五パーセントの労働能力を喪失したと認められるので、ライプニツツ方式により中間利息を控除して、三年間の逸失利益を求めると、三三万八九五六円となる。

2,489,400円×0.05×2.7232=338,956円(一円未満切捨て)

(七)  慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円

原告の受傷内容、入通院期間、その他本件に顕れた諸般の事情(とりわけ原告の視野障害等について後遺障害と認定されなかつたこと)を斟酌すると、本件事故による原告の慰謝料は、傷害慰謝料として二〇〇万円、後遺症慰謝料として一〇〇万円と認めるのが相当である。

(八)  物損 認められない。

原告は、本件事故当時、夫の髙木正幸(以下「正幸」という。)から昭和六二年に贈られたダイヤモンドのネツクレス(購入価格一〇〇万円)を身につけていたところ、本件事故によりこれを紛失したと述べ、これに沿う証拠(証人正幸、原告本人)もあるが、事故後、現場において、実況見分が行われた際、原告のみならず、現場に駆けつけた正幸や警察官らも一様にネツクレスの存在に気づいていないうえ、原告がその紛失に気づいたのは、入院後二日位してからであるというのであり、原告が本件事故により右ネツクレスを紛失したと認めるには疑問があり、他にネツクレスの存在を認めるに足りる証拠はない。

(九)  右合計額 六七一万三四四四円

三  過失相殺(本件事故の態様)について

1  前記争いのない事実に、乙一ないし三、五、証人正幸、原告本人を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の状況は、別紙図面のとおりである。

本件交差点は、等々力通り方面から環八通り方面に向かう幅員五・九〇メートルの一方通行路(以下「甲道路」という。)と、目黒通り方面から尾山台商店街方面に向かう幅員五・九〇メートルの一方通行路(以下「乙道路」という。)とが、交差する信号機により交通整理の行われていない交差点である。

甲、乙道路とも、両側に幅一・五〇メートルの路側帯が白色ペイントで設けられている。

道路規制は、甲、乙道路とも、最高速度が毎時四〇キロメートルに制限されているほか、自転車を除く一方通行となつている。甲道路を等々力通り方面から環八通り方面に向かつて進行すると、本件交差点の手前に自転車を除く一方通行の道路標識が設置されており、乙道路を目黒通り方面から尾山台商店街方面に向かつて進行すると本件交差点の手前に自転車を除く一方通行(直進と右折方向)の道路標識が設置されている。また、乙道路の路面には、本件交差点の手前に停止線が設置されている。

甲、乙道路ともアスフアルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、乾燥していた。

甲、乙道路からの見通しは、前方、後方とも直線で良好であるが、左右の見通しは、いずれも不良である。

(二) 被告玲子は、甲道路を買い物帰りによく通り知つている道であつたが、本件事故当時、時速約二〇キロメートルで加害車両を運転し、買い物をして帰宅する際、自宅で大工に三時のお茶を出そうとして先を急いでいた。

被告玲子は、別紙図面の〈1〉地点で交差点を認め、同図面の〈2〉地点で速度を下げて右方を見た際、車両がなかつたので、時速約一〇キロメートルで本件交差点を直進しようとしたところ、同図面の〈3〉地点において、ア地点に左から右に自転車で進行中の原告を発見し、直ちに急制動したが、同図面の×地点(被告玲子は、同図面の〈4〉地点)において、加害車両の左前部バンパーが原告の自転車の右側に衝突し、原告は、自転車ごと同図面のウ地点に倒れ、被告玲子は、同図面の〈5〉地点に停止した。

(三) 原告は、本件事故当時、串焼屋で使う野菜等を買い、荷物を自転車の前かごに載せて尾山台商店街から帰る途中、少し急いでいたが、乙道路の左側を人が歩くより少し速い位の速度で進行し、本件交差点の手前の別紙図面のP地点の辺りから片足をつきながら進行し、最後にア地点に至る手前で右側を見た際、音もせず、自動車は来ないようであつたので、前進してすぐ右側を見たところ、加害車両が目に入り、避けきれないまま、同図面のイ地点の、×地点で衝突し、頭部と腰等を路面に打つた。

原告は、本件事故により気を失つたが、付近にいた女性に抱き起こされ警察官が臨場した際は、自分で話はでき、いつたん到着した救急車を自ら断つたが、その後、気分が悪くなり、再び、救急車を要請した。

本件事故により、加害車両には、左前バンパーに擦過痕、ボンネツトに払拭痕が認められ、原告の自転車には、右側のペダルがチエーンカバーにくつついており、後輪が曲がつていた。

2  右の事実をもとにすると、信号機により交通整理の行われていない交差点における同幅員の道路が交わる見通しの悪い交差点内の事故において、甲、乙道路は、いずれも他に対する関係上、優先道路(道交法三六条二項)ではなく(したがつて、双方に徐行義務がある。)、また乙道路を進行する原告(自転車に対する一方通行規制はなされていない。)に一時停止義務はないことになり(交差点の反対側に車両用の一時停止標識があるからといつて、反対方向から進行する自転車にもこれと準じる扱いをすべき根拠はなく、被告らのこの点の主張は採用できない。)、かえつて、左方車が優先することとなる(同法三六条一項一号)。

そして、被告玲子は、乙道路の右方の車両の有無にのみ注意し、その際、右方からの車両を認めなかつたことに気を許し、反対方向からの自転車の有無に注意せず、漫然進行した過失により本件事故を引き起こしたものであるから、本件事故についての主要な責任がある。

他方、原告としても、左右の見通しの悪い交差点を通行するのであるから、その安全を確認すべき注意義務があるというべきところ、原告が最後に右方を見た地点からでは、右方の車両の有無を十分確認できないのであるから、そのまま交差点を通過しようとした点に過失が認められる(なお、原告及び被告玲子の進行経路、加害車両前部の擦過痕等の位置と原告の自転車の損傷箇所等によると、原告の自転車が明らかに先入していたとまでとみることはできない。)。

3  そして、原告、被告玲子の双方の過失を対比すると、原告の損害額から二〇パーセントを減ずるのが相当である。

したがつて、被告らが原告に対して賠償すべき金額は、五三七万〇七五五円となる。

四  損害の填補

原告が治療費として一八四万八六九〇円の填補を受けたことは、当事者間に争いがないから、右填補後の原告の損害額は、三五二万二〇六五円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情に鑑みると、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、三〇万円をもつて相当と認める。

六  認容額 三八二万二〇六五円

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、被告下山田弘明に対する三五二万二〇六五円(訴状によれば、弁護士費用を除く内金請求と認められる。)、被告下山田玲子に対する三八二万二〇六五円並びにこれらに対する本件事故の日である平成三年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

交通事故現場見取図

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